教室長のきまぐれ日記ー夢の力ー
ゴールデンウィークでお休みをいただいていた間に、以前から見たいと思いながらなかなかちゃんと見る機会のなかった宮崎駿さんのアニメ映画『風立ちぬ』を見ました。映画冒頭の「風立ちぬ、いざ生きめやも(風が立つ、生きようと試みなければならない。」というポール・ヴァレリーの印象的な詩の一節から始まって、2時間があっという間でした。最近は映画1本を一気にまるまる見るということがなかなかなかった中で、本当に久しぶりにいい映画を見たという思いを持ちました。
宮崎駿さんによればこの映画は、大人のためのアニメだそうです。忘れかけていたことを思い出させてくれる映画だと思います。宮崎さんの映画を見始めたとき私はすでに大人になっていましたが、彼の映画のどれも子ども向きだと感じたことはありませんでした。そういう宮崎アニメの中でも、この映画はとりわけ大人の気持ちの奥深いところに触れてくるもののように思います。
夢を追いかけると言いますが、私たち大人は、子どもたちに対しては夢を追いかけてほしいと強く願ったとしても、自分自身の夢は、日々現実の生活と格闘する中でいつの間にか忘れてしまいがちではないかと思います。宮崎アニメはどれも、生活にいささか倦怠気味の大人たちに活を入れるようなところ、生活に疲れている大人たちを励ますようなところがあると思いますが、この映画は特にこうした性格が強いように感じました。
私にも夢があります。それは仕事とは直接関係はないことですが、大学生だった頃から温め続けている夢です。それは1冊の本を書くことなのですが、とても扱いづらいテーマであるため、ちゃんと扱えるようになるには長い間のいろいろな経験と試行錯誤を要するだろうと思っています。人の夢は様々で、アニメの主人公の堀越二郎のそれ(美しい飛行機が作りたい!)のようにとても明快な夢もあれば、なかなか曖昧模糊としていて、夢を抱く当人にもそれがいったい何なのかがよく分からないといった夢もあるでしょう。私の夢はまさに後のほうで、それが何なのかを理解したくて大学院へ行きました(そして自分なりに答えの、いや問いの、と言ったほうがよいかもしれませんが、糸口だけは摑んだと思えたので?、同時に他の事情もあって大学は去ることになりました)。今は日々の仕事で精一杯ですが、そういう中でも、自分の夢をゆくゆくはちゃんと形にするために必要な、考えるための材料には日々事欠きません。むしろ大学にいたときよりも今のほうが、自分の夢を叶えるためには恵まれていると思えます。日々子どもたちと関わったり親御さんたちと関わったりすることが、いつかは夢を実現するための力になっていると感じます。
現実が夢に力を与えてくれていると感じる一方で、夢が現実を彩り活気づけてくれているのも感じます。私には、いつも自分だけの超難しい宿題のように心に引っかかって離れないこの夢がなかったら、日々の仕事も生活も、無味乾燥な退屈なものになってしまうだろうなと思われます。夢がなかったら、と思うと、生きること自体が苦痛になってくるだろうなと思われます。アニメの主人公(堀越二郎さんという実在の人物です)の努力は、いずれ当時としては世界に冠たる零戦という名飛行機に実を結びます。しかし夢の力というのは、いずれ何かを成し遂げるというところにあるだけではなく、今を生きねばならぬ!と人に実感させるところにもあるように思います。
夢は現実を意味あるものにしてくれ、生活を陰影豊かなものにしてくれます。夢は人に生きる力を与えてくれます。自らの力を感じながら、数々の障害にぶつかりながら自分の人生を一歩一歩自分で切り開いていると実感できることこそ、人間の幸福と言えるのではないでしょうか。こうしたことをストレートに感じさせてくれるところが、宮崎アニメの凄いところだと思います。
翻って子どもたちのことを思うと、夢を持つこと、夢を追いかけることの大切さは伝えられるとしても、夢そのものは子どもたち1人1人が自分で見つけていかなければならないわけで、これはなかなか難しいし時間がかかることだろうと容易に予想できます。夢は現実との格闘の中で、日々泣いたり笑ったりする経験を数多く重ねていく中から自ずと姿を現すもので、大人があてがってやれるものでもなければ、単純に面白い遊びの中から見つかるものでも、勉強する中から見つかるものでもないからです。
夢というものを子どもっぽいという人もいるかもしれませんが、夢とは本来どこまでも大人に特有のもの、正確には子どもが大人になる過程で初めて姿を現してくるものだと思います。その意味では、宮崎アニメはどれも夢の力を描いている限り、どこまでも大人のためのアニメと言えるでしょう。
さて子どもたちはいずれ夢を持つべき存在です。そして夢を持つことで子どもたちは大人の世界へと入っていきます。うちの子は勉強しない…と言ってぼやかれる親御さんは多いですが、子どもの中に夢がまだ姿を現していない以上、進んで勉強する気にならないのももっともです。夢ははかないものではありますが、そのはかないものがあるからこそ人はしっかりと現実に根を張って生きていける。これはちゃんと考えてみる価値のあることだと思います。「風立ちぬ、いざ生きめやも」
アルファ進学スクール水橋校 涌井 秀人